今宵逢う人みな美しき

綺麗なモブになりたいジャニオタの独り言

その血に溺れて、染まりたい

 

 

 

エントリ開始早々、過去の記事を引用してしまって申し訳ない。がしかし、事の顛末をさらっとお話しする為に少しばかりお付き合いください。

 

mist-storm-177.hatenablog.com

 

先日KAT-TUNのコンサートへお邪魔した話はこちらに認めましたが、この日を境に今まで蓋をしていたKAT-TUNへの興味関心が爆発し、友人からちょこちょこステマされ続けていた、「KAT-TUN LIVE TOUR2008 QUEEN OF PIRATES」、通称・女王コンを血眼で探し求めた末に購入しました。

そりゃ~~~~~~~~もう、楽しくて楽しくて。元バンギャ現ジャニオタのわたしが楽しめないコンサート映像であるはずもなく、死ぬほど楽しく見させていただきました。治安悪すぎな!衣装かわいすぎな!

そして女王コンを買った際「WATER DANCE」 見たさで「Break the Records」の円盤も一緒に買いました。「おっ!これ『1582』も入っとるや~ん。おすすめされてたや~つ」という軽い気持ちもあり、まぁまぁ迷わずに購入。まさかこれが深く深い沼の入り口とも知らずに………

 

 

というわけで

今回は「一体何番煎じなの?!今更!映像と合わせるとしんどさ無限大だね!亀梨和也伝説のソロ曲『1582』を考察しちゃうぞ~!」の巻です。

楽曲リリースから約10年が過ぎようとしている2018年の初夏、時間差でKAT-TUNの沼に片足を踏み入れた他G担による考察エントリです。怒らないで読んでください。

それから、いつも通り歌詞分析だけではすっきりしないので、この曲のモデルとなった濃姫と信長の関係や彼らの人生についても(都合上ネットのみではありますが)色々と調べてみました。が、知名度に反する資料の少なさよ!は~~国会図書館に行きたい、行って解決するかも分からないけれど、とりあえず行きたい。

 

今回のエントリは、

 

 

と、以上の6項目でこの楽曲に関する考察を進めて行きたいと思います。歴史に関する部分はあまり堅くなりすぎないよう、しかし史実は踏まえた上でこの曲に登場する人物像を深堀りしていく為に考証していくつもりです。ので、ゆるっと読んでもらえると嬉しいです。

どうぞ、ごゆるりとお付き合いください。

 

 

 

  濃姫について~出生から結婚、そして歴史上から姿を消すまで~

 

濃姫がこの世に生を受けたのは天文4年、1535年のことです。(『美濃国諸旧記』より)

わたしたちは濃姫、濃姫と彼女のことを呼んでいますが、濃姫というのは「美濃の国に生まれた高貴な女性」という意味の通称に過ぎず、彼女の本名ではありません。結婚してからは当時の慣習からも考えられる「於濃の方(おのうのかた)」という呼び方があったみたいですが、本名として有力であるのが「帰蝶(きちょう)」(『美濃国諸旧記』より)であり、他にも「胡蝶(こちょう)」「鷺山殿(さぎやまどの)」「安土殿(あつちどの)」といった名前が彼女を示す呼び名として存在しています。鷺山殿と安土殿は見てわかる通り、彼女が住んだ場所の地名からとられているものです。

 

彼女の父は斉藤道三。蝮(まむし)と呼ばれた戦国武将です。今回はあまり彼については調べていませんが、名無しの権兵衛から戦国武将まで成り上がったすんごい武将です。最期は息子の裏切りに遭って亡くなっています。

母親は小見の方で、史料によれば濃姫とあの明智光秀は従兄弟とされています。

 

濃姫は信長に嫁ぐ前に人質として土岐頼純(とき よりずみ)と結婚していたという説もあり、もしその説が本当であれば数えにして12歳の時(1546年)に正室として彼の元へ嫁いだことになります。しかし土岐頼純は1547年の8月に突然死しており、その際に濃姫は一度美濃の実家へ戻ったのではと推測されています。

その後濃姫は1549年の3月23日(※現在の暦)に信長の元へ政略結婚という形で嫁入りすることになります。この時数えで15歳。信長は彼女のひとつ上なので、16歳の時に濃姫と婚姻関係を結んでいることになりますから、現在の感覚から言うと大変若く聞こえますね。

さて15歳で嫁いだ濃姫ですが、実家を出る際に父・道三から「信長が噂通りのうつけ者であったなら、この短刀で刺し殺せ」と、嫁入り道具がてら短刀を持たされました。すると濃姫はその短刀を受け取り「この短刀が父上に向くこともあるかもしれませんね」と返したという話も残っています。つ、つえぇ〜〜〜〜………

 

信長との間に子供は生まれることはなかったようで、記録には残っていません。あくまで可能性として女児が生まれていた説もあるようですが、当時の跡継ぎにならない子供のことなら記録に残っていない可能性も高いのでは?という見解もあるようです。

実際に織田家の跡継ぎになったのは、信長の側室が産んだ子供でした。

 

1553年4月に信長と道三が正徳寺(現・愛知県一宮市)で会見(顔を合わせて食事などをすること。信長と濃姫が結婚してから5年経過して初めて二人は会見を行った)を行ったという記録はありますが、1549年の婚儀以降『美濃国諸旧記』から濃姫に関する記載が一切途絶えています。道三の遺言状の中でも彼女については特に触れられておらず、その後斉藤家の菩提寺である常在寺(現・岐阜県岐阜市)に道三の肖像を寄進したという記録(これに関しても詳細な年月は不明)が寺伝にあるのみで、この寺伝を最後に濃姫に関する公的な記録は一切合切なくなっています。実際の年などは不明ですが、事実上ここで濃姫は歴史から姿を消してしまったのでした。

その為彼女の出生に関する記録はあっても、没年や死因等々全てが不明のままとなっており、現在でも菩提寺や戒名に関して情報は特定されていません。明確に残っているのは彼女の入輿の記録のみです。

 

 

そしてここからは、歴史上謎とされている濃姫の死因や本能寺の変以降の様子として唱えられている幾つかの説を紹介します。

 

①死亡説

織田家の公式行事の記録などに濃姫の名前が登場しなくなったことを理由に、結婚(1549)~本能寺の変(1582)の間に病気など何らかの理由で死んでしまったという説。ただしこの死亡説は公式の記録に濃姫の名前が無いことを論拠にしているだけなので、「死亡した証拠がある」わけではない。

というわけでちょっと怪しい説ではある。

 

②早世説

早世とは、夭折、早死にを指す言葉。

濃姫の実家の斉藤家が、道三(祖父)から龍興(孫)の代になった頃に信長から「義龍(父)の娘の馬場殿、妾にくれろ」と申し出がありましたが、馬場殿は関係上濃姫の姪にあたり、義龍(父)は「其妻死後に遣り難し」、つまり「お前の妻が死んだあとに嫁になんかやれるかバーカ!つーか妾なんてもっとダメだわ!バカ!」と答えたといいます。

これにぷんぷんした信長は稲葉山城(現・岐阜城)に何度も攻め入って1564年に落城させた、という話があります。(『濃陽諸土記』より)

しかしこれを信じるなら濃姫は28歳前後には既に亡くなっている計算になる。し、実際に稲葉山城が落城したのは1567年(濃姫32歳)のことだという記録があり、やや整合性に欠ける説といえます。

 

③戦死説

江戸時代に上演されていた浄瑠璃・歌舞伎『本太功記(本能寺の段)』などに濃姫は阿能局という名前で登場し、本能寺の変の際に夫と共に本能寺の中で薙刀を振り回して共に戦い、戦死するという場面があります。また、楊斎延一の『本能寺焼討之図』でも薙刀を果敢に振り回す濃姫の様子が描かれており、あの本能寺の変の際に信長と共に戦った場面が描かれることが多いですね。しかしこのパターンの殆どが創作物における逸話であるとされています。

 

民間伝承としては、本能寺の変の際に信長の部下が死んだ濃姫の遺髪を持って京から岐阜県岐阜市不動町に逃げたのち、不動町にて埋葬したという話も残っています。これが濃姫遺髪塚(西野不動堂)と呼ばれるもので、もしこの記録が全て正しければ濃姫は48歳でこの世を去っていることにもなります。

が、こちらの説が怪しい理由は、「本能寺の変」自体を当時の状況から考えてみると、そんなに大きな戦へ向かう訳でもない道中で起きた光秀の謀反でしかなく、大きな戦でもないのに奥方を戦地へ連れて行くことの方が不自然である、という点に尽きます。

当時は男色も当たり前の時代なので、そういった戦禍の最中は家来として引き連れていった若い男に夜の相手をさせていたのが一般的だったと言われています。そしてここで一応記載しておきたいのは、その可能性として森蘭丸の名が最も多く挙げられるという見解です。

この話についてはまた後ほど。

 

④生存説

実は天寿を全うしていたよ!という説。

『明智軍記』という江戸時代に出版された軍記物には、「信長の内室が家臣たちへの感謝の印としてアワビを振舞った」という記載があります。江戸中期に書かれた軍記物なので物語的要素が強い資料であることは否定できませんが、かといって中身が嘘だらけでもない、明智家に精通する何かしらの者が編纂には関わっているだろう、などというのが専門家たちの意見のようです。

つまり江戸時代の頃に出版された『明智軍記』はやや娯楽的な読み物であれど、濃姫の存在が知られていたということから、早世説の否定とも言えます。

 

戦国時代に存在した公家の山科言継(やましな ときつぐ)によって書かれた日記『言継卿記(ときつぐきょうき)』には濃姫の存在を示す言葉や、1569年に信長が姑に会いに行ったことなどが書かれています。万が一濃姫と離縁していたり、濃姫が亡くなっていたとしたら1569年の段階で姑にわざわざ会いに行くのも考えにくい。つまりこの時点でも信長と濃姫の間には婚姻関係が成立しており、且つ、彼女が生存していたことを示していると言われています。

 

1634年には蒲生家家臣とみられる感翁子が『氏郷記』という本を書いており、その中には織田家家臣・蒲生賢秀(がもう かたひで)が本能寺の変直後に安土城(滋賀県近江八幡市)から25kmほど離れた場所にあった月野城(滋賀県蒲生郡)へ「信長公御台君達など」を避難させたという記述があるようです。

この「御台」という表現に関しても濃姫を指す言葉であると考えられており、本能寺の変が起きた際に濃姫は安土城にいたと考えられており、戦死説を否定する考え方であるとも言えます。

 

また、『妙心寺史』には、信長公夫人主催で信長の一周忌を執り行ったという記事も存在しており、豊臣秀吉が主催を務めた一周忌とはまた別のものであることから、『妙心寺史』内における「信長公夫人」は濃姫を指すという説が濃厚だとされています。

 

①~④まで紹介しましたが、他の説に比べて信憑性の高い史料が多い生存説が最も有力な説ではないかと考えられます。⑤も以下で紹介しますが、④の生存説の中に含まれるものと考えてもいいのではないかと個人的には思います。

 

⑤安土殿説

信長の次男である信雄(※余談だけど、大野智主演「忍びの国」では知念侑李くんがこの信雄役を演っているよ!)の所領配分をまとめた『織田信雄分限帳』なるものに、「あつち殿」という女性の存在を示す名前の記載があり、これは濃姫ではないかと考えられています。安土城に住んでいた女性を指すものであるとするれば、本能寺の変で濃姫が死亡していたとは考えにくいと推測することも出来ます。

 

 

 ……と、以上の5つが濃姫の死因及び本能寺の変後の様子として現在推測されるものになります。

今回は濃姫に的を絞って調べましたが、今まで勉強したことと合わせて考えてみても、やはり生存説が最も信憑性が高いかなとわたしは思います。本能寺の変へ濃姫を連れて行ったと考えるのはやはりやや不自然な点が多く、ましてやそこで共に戦って戦死したというのは大変カタストロフィでロマンチックな話ですが、史実上でそれが事実であったと考えるには少し難しいかなと思いました。

 

 

  濃姫と信長の関係

 

天下の大うつけ者と呼ばれた信長は16歳、蝮と呼ばれた斉藤道三の娘である濃姫は15歳。当時としては当たり前だったかもしれませんが、若いうちに婚姻関係を結んだ二人の様子は一体どんなものだったのでしょうか。

先ほど彼女の父である道三に嫁入り道具がてら短刀を持たされた時の逸話はお話ししましたね。「もしも天下のうつけ者が本当であったならこの短刀で刺し殺せ」と言いつけられた濃姫は、自分の父親に向かって「この短刀が父上に向くこともあるかもしれませんね」と言った、と。嫁入り時の話ということは、日本刀もびっくりのキレッキレのこの返しをしたのは彼女が15歳の時の事ということになります。

また、結婚してから美濃国(斉藤家の領地)を攻略した信長が斉藤義龍の妻に向かって「斉藤家に伝わりし壺を俺に譲れ」と迫ったところ、義龍の妻は「ないものはないです」と、信長の要求を拒絶しました。すると信長の妻である濃姫がにょきっと出てきて「貴方がそうやってないものを出せと無理強いするなら、この私が斉藤家所縁の者たち皆を引き連れて自害するわ」と言い切り、信長はたじたじ。壺を寄越せという要求をすぐに撤回しました。

父親に対するキレッキレのどぎつい返答や、戦国という時代においてただ夫へ絶対服従する訳でもなく、状況次第で実家を守るために夫と対立する好戦的な姿勢を見せるなどから、彼女が気が強くて聡明な女性であったことは伝わるかと思います。

 

一方信長も信長で、家族である濃姫に対しては大変優しく、彼女を大切に扱っていたようです。

「鳴かぬなら 殺してしまえ ホトトギス」の句で表現される信長のイメージや、大六天魔王といった名称から彼を冷徹で厳しい人間と見る人は多いと思いますが、現存する信長の史料の中では彼の周りにいた沢山の女性の名が記されています。これが何を示しているのかというと、彼自身が自分の周りにいた女性を大切に扱っていたことの証拠です。当時女性の名が書物に残らないのはごく当たり前のことで、残っていたとしても「父親の名前+女」という表記が多いものです。於濃の方のように土地などの名称を取って「~の方」という表記をすることも当時では普通のものでした。

また、信長は身内に対しては甘い性格をしていたので濃姫と早々に離縁したという説も信憑性は薄いと言われています。夜の営みに関しても醜聞は残っていないので、特別不仲であったということもないそう。自分の身の回りにいた女性には敬意を払い大切に扱って、更に奥方ともなれば特別であったでしょう。そんな風に女性を扱っていたタイプの信長ですから、濃姫をわざわざ殺害したとも考えにくい。この辺りからも、濃姫は本能寺の変後に生存していたであろうと言われています。

 

自由恋愛ではなく政略結婚の二人ですが、濃姫と信長はラブラブだったということなのでしょう。もしかしたら、家庭内では濃姫の方が強かったのかもしれませんね。

 

さて。さらっと濃姫の出生から没年(※概念)、更には信長との関係まで触れてみましたがいかがでしょう。
歴史上の偉人として大変人気の高い織田信長の奥方でありながら、現存する史料や証拠となるものが大変少ないので、素人のわたしにはこの程度しか情報収集することが出来ませんでした。それでも少しだけ、濃姫という人物について知っていただけたでしょうか。

 

 

 

それではここからいよいよ「1582」の考察に入っていきたいと思います。

ここまでの下調べを踏まえて、わたしは歴史上の事実として濃姫の生存説を最も信憑性の高い事実ではないのかと推測しています。がしかし、③の項目でも触れた通り、創作物における逸話としては本能寺の変の際に夫と共に本能寺の中で戦い戦死するというものが多く扱われ、恐らく「1582」もそれに近い解釈で良いのではないかと考えています。

ですので、今回の「1582」という楽曲においては③の戦死説に極めて近い概念をメインテーマとして扱うことをここに表記しておきます。

 

 

  「1582」歌詞分析

 

1582

 

作詞 n
作曲 M.Y
編曲 浜松佑一

 

作詞は「n」となっていますが、この曲は亀梨くんによる作詞と本人から後日談で明かされています。なぜ「n」名義なのかについては、「自分が作詞したものだと明かしたくないとき」「誰が書いたとかよりも先に、曲の世界観をキャッチしてほしいとき」に使用している名義であることをラジオで語っていました。

しかしその「n」名義が何を意味する「n」なのかは語られず仕舞いになっており、「いつか話したい」という本人の言葉で留められています。濃姫の「n」なのか、信長の「n」なのか、それとも数学で言うところの「n」なのか。もし数学的な「n」の要素を含むのであれば、正体は分からないがある一定の数を示すものという意味合いになるので、彼の他のソロ曲である「SWEET」で「n」が使用されているのも納得出来ますね。

 

支配される 指先まで
狂おしいほど 痺れて
頭の中 壊れてゆく
私は今 何故 どこ?

前半の「支配される 指先まで 狂おしいほど 痺れて」の部分は、夜の営みを指す文なのかなと思います。曲自体は濃姫と信長の関係性を描いたものですが、曲の間奏部分であからさまに閨房での声を思わせる吐息やリップ音が入っているので、ここはその受け取り方で、と。

しかしその後の「頭の中 壊れてゆく」から「私は今 何故 どこ?」の部分にかけて、やや意識の混濁が見られます。行為の終盤から後朝にかけてのぼんやりとした感覚なのかなという感じ。

 

目の前から 光が消え
永久の眠り SI-でも…

ここでの「光」が信長のことを指すのだとしたら、その「光が消え」ることは「永久の眠り」、つまり死を意味するものになります。

「Si」はスペイン語、イタリア語、フランス語などに見られる単語です。かなり広義的に使用されるもので、大まかな意味としては「はい(yesの意)」が筆頭に挙げられますが、それ以外にも「もし」「~なら」「~だったら」「仮に」「いいえ(noの意)」などなど「最後に至っては逆の意味やないかい!!」ともなりそうなくらい色々な意味があります。

ではここでどう使われているのかと考えた時、この後につく「でも…」の修辞技法を考えるのがいいのかなと思います。ここで使われている修辞技法である黙説法は「言葉を始めておきながら、激情、節度を抑制するため、あえて言葉を濁らせ、文を完結させない手法」(weblioより)とあり、逆接を示す接続詞が黙説法でここに置かれていることにより、その前の「光が消え」や「永久の眠り」を否定したい感情の高ぶりや激情の流れに含みを持たせてわたしたちに託している感じがします。

すると「でも…」の前にある「Si」は「光が消え」や「永久の眠り」に対する肯定・想定等の「~だったら」で取るのが自然かと思います。

 

 …とまぁ、考えられる可能性として、文面で見た時の「SI」も一応考察の範囲には入れてみましたが、曲を聴いてみるとここの「SI」はどちらかというと「黙って」「静かにして」の「しー」に近い感じがしますよね。しかしそう取ったとしても、結論としては同じ辺りに辿り着きます。無論前向きな肯定ではないものの、「光が消え」や「永久の眠り」を可能性として考えて「まさか」と打ち消したい一心からの行動かなと。言霊の力を抑えんとするかのようですね。

 

誘い文句 朱いその唇 痺れる心 踊る乱れてゆく
その血に溺れて染まる

前半部分で気になるのは、どのセンテンスも”ぶつ切り感”があることです。一連の流れがあるようにも見えますが、分かりやすい文脈で一文として繋がっている感じもしないので、根底に流れるものは同じだけど違う事象の描写のように受け取れます。

ひとつの場面を叙情的に描写している訳ではなく、瞬間的に脳裏を過っていくような、フラッシュ的な感覚で呼び起こされる記憶のようなもの、というのでしょうか。書物に残るような出来事ではない人間の中に存在する記憶や感覚、感情といったものを描いているような感じがします。

「朱いその唇」は、血に濡れた信長の唇を指すものなのか、紅を引いた濃姫の唇を指すものなのかについては正直分かりません。女性目線から書いたラブソングと亀梨くんは言っていたそうなので、普通ならここで想定されるのは濃姫→信長ですが、単純にそれだけではあまりぴんと来ない感もあり。邪推をするなら、ここの「朱」は、濃姫の口紅が色移りした信長の……なんて、妄想してしまいますがね。

その後の「痺れる心」は「踊る乱れてゆく」にかかる表現(擬人法)で、濃姫の感情が様々に揺れ動く心理状態を示しています。

「その血」は戦場で流れた血なのか、言ってしまえば与謝野晶子的な「血潮」を指すものなのか、どちらなのかがちょっと難しいところです。彼の死は常に覚悟してはいるものの、明確な死や負傷の描写がここまでにないので。

 

見果てぬ地に向かう瞳は 何を映し出してゆくの?
どうかどうか私を その手でつかんでいて
共に刻む針達に 奥の方を噛みしめて
ずっとずっと醒めぬよに 胸に手をあて願う 愛を

 「見果てぬ」は、「見果て」という未然形に打ち消しの意味を持つ「ぬ」がついたもの。つまり「全部が見えない」に「地」がついて「見通しのきかない場所」「先の見えない場所」となります。地理的な意味での場所という意味もあると思いますが、ここには「未来」等の意味も含まれていると考えられます。全てが見えない場所へ、未来へと向かうあなたは、いったい何を見つめているというの、どこまで行くのだとしても、私の手を離したりはしないでね、といった感じでしょう。

「共に刻む針達」は「時計」、転じて「共に過ごした時間」の意味だと思います。共に過ごした時間を思い出して、見果てぬ二人の未来の夢が消えて目が醒めぬように、例え強がりや虚勢だったとしても奥歯を食いしばって胸に手をあてて、彼が無事に生きることを願う。そんな様子が窺えます。

最後の「愛を」は、その前にある「願う」の対象になるものではなく、遠くにいる彼に対して捧げた言葉なのかなと思います。信長自身キリスト教信仰をしていたわけですから、濃姫も生活の中で少なからずその文化に触れることはあったでしょう。キリスト教の中における隣人愛や博愛精神等の愛の文化に触れることにより、「愛を」という言葉に彼の無事や健闘を祈る心の裡が表れているのかなと。

 

傷だらけの 心さえも
あなたを見て 癒えるわ
欲望とか そうじゃなく
無意識なの SI-でも…

「傷だらけの心」は、戦に向かって行った信長の安否を案じて疲弊した濃姫の心理状態でしょう。その心の傷を癒してくれるのは、他でもないあなたよ、ということです。

そしてここで使われている「欲望」は、おそらく三大欲求の内の性欲にあたるものだとわたしは考えます。勿論その性欲の中には支配欲や独占欲に分類されるような、対・愛しい人で首をもたげてくるような感情も含まれているのではないかと。するとここは、そういった肉欲的な衝動じゃないの、無意識のうちにあなたの温度を感じたいの、という濃姫の訴えです。結果としてそれが身体を重ねる事によって最も実感できるのだとしても、 "性欲を満たしたい→肌に触れる→体温を感じる(=性欲を満たす)=生の実感" という図式ではなく、 "体温を感じたい→肌に触れる→身体を重ねる(=性欲を満たす)=生の実感" という風に心理が動いていくものだと考えられます。

 

あなたを思って待ち続けた時間も、怪我をして帰ってきた貴方を見て痛んだこの胸も、寂しさも、虚勢も。貴方の姿を見て、触れて、感じて、そうしたらきっと癒えていくの。たとえあなたの生を実感する最も分かりやすい手段が肉欲に迫られたものだったとしても、それはただ「男に抱かれたい」という女の欲なんかじゃないのよ。

…と、いうことでしょう。

 

するとこの後にまた「SI-でも…」の言葉が出てきます。ここでの「でも」の対象になるのは、先ほど出てきた "体温を感じたい→肌に触れる→身体を重ねる(=性欲を満たす)=生の実感" という心理の推移に於いて結果的に生じた "性欲" という欲求のことかなと。自分の体を突き動かす原動力になったわけではないけれども、結果的にその性欲に辿り着いて彼と身体を重ねている、ということがわかります。

すると次のパートの頭も納得出来ますね。

 

傷を癒すクスリ 気持ちいいの 明日は何処へ行かれる
そんなのいやなの その血に溺れて染まる

「クスリ」と表現されていますが、ここの「クスリ」は病気などに有効な医薬品のことでもなく、勿論覚せい剤の類でもなく、二人の行為自体を指すものと思われます。疲弊したわたしの心を癒してくれるのは、あなたが生きていることを実感できるこの瞬間。彼是言ってみたって、気持ちいいことに何にも言い訳なんか出来ないわ、ということでしょう。

その後は歌詞にある言葉通りで、明日あなたは一体どこの戦場へ戦いに赴かれるのか、ねえもうどこにも行ったりしないで、という濃姫の素直な言葉としてとっていいと思います。

ここの「その血」こそ、柔肌の熱き血潮に触れもみで…的な「血」で捉えるべきなのだとは思うのですが、先ほどからその血潮に触れることが生を実感する方法だと書いているせいなのか、逆説的に際立つ死の香りを感じずにはいられません。前者の生を象徴する「血」と、後者の自分の心理状況だけに留まらない不安な気持ちを象徴する「血」の存在がややアンバランスな感じになって、この歌の主人公である濃姫の抱える危うさと色っぽさをより色濃く映し出しているような感じがします。

 

あなたとの日々夢見て 散っていった星達も
どうかどうか覚めぬように 胸に手をあて願う
優しいのやら何なのか 一秒ごとに色を変える
ずっとずっと私を その手でつかんでいて 愛で

「あなたとの日々夢見て 散っていった星達」は、そのままですね。信長が天下を取ることを信じて付き従い、戦い、死んでいった数多くの家臣たちのことです。 みなが一等星であった訳でもありませんから、宇宙の塵芥と称される流れ星を連想してしまいます。

そのように散っていった星達が見た夢さえ醒めてしまうことのないように、どうかその夢が叶いますようにと、濃姫が切に願う様子でしょう。信長の為に命を落とした沢山の家臣を思う心と、信長を思う心の二重の意味での願いだと思われます。

 

「優しいのやら」のところですが、史実によると信長は身内には甘い性格をしていたということは先ほど述べました。とくに正室である濃姫には特に優しかったのでしょう。

優しさゆえに、という類の話をし始めると大変長くなってしまうのですが、優しいという一言は "常に穏やかで怒らず、害のない穏健な様子" だけを指す言葉ではありません。優しいからすぐ喜ぶし、優しいから激怒するし、優しいからすぐ悲しむんですよね。優しい人っていうのは。多分そういう深い意味を含んでの「優しいのやら何なのか」なのだと思います。

その後の「色を変える」は、顔色を変えることの意でしょう。するとさっきの「優しい」の話がより分かりやすいかと思います。一見顔色をころころ変えない穏やかな人が「優しい」と評されますが、むしろここでは一秒ごとに顔色を様々に変える信長こそ濃姫にとっては「優しい人」ということです。

 

最後は、彼を信じた星達が散ったように、自分を愛する優しいあなたが散ってしまうなんていけないわ。ちゃんとわたしのこの手をいつまでも掴んでいて、という彼女の切望が表れた一文です。

「愛で」に関しても、切望の限りを尽くしたからこその単語であると思います。

 

誘い文句 傷を癒す

 

リフレイン的に入る一文ですね。ラストの繰り返し部分にあたるサビに向けて、フラッシュバックするような感覚で綴られているのが印象的です。恐らく戦場で戦う、もしくは自分の元から離れて行った―――それこそ、本能寺の変の夜―――現実に対して、何かを願うように呟かれているのでしょう。

 

 

この後は一番のサビ、二番のサビの順で繰り返されて曲が終わります。歌詞分析に関しては繰り返しになってしまうので省略します。が!

 

この曲はコンサートになると、二番の歌詞が変わるんですよね。ということで、この次に「KAT-TUN LIVE Break the Records」における演出分析という項目は用意しているのですが、その前に歌詞分析だけはこちらで一緒にやってしまいたいと思います。

以下がライブのみ披露の二番の歌詞で、赤文字部分が通常の二番と比較したときの変更部分になっています。勿論ですが、ここの赤文字部分は所謂耳コピ状態で書いた歌詞になってますので、漢字のチョイスや平仮名の使い方など、本人が意図するものである保証は致しません。今までの流れを考えるとこうではないかな、という風にわたしが選んで書いていますので、それをご了承の上お読みいただければと思います。

それから、コンサートの演出を踏まえて、ここからは信長の視点で分析していくことも先に書いておきます。

 

傷だらけの 身体さえも
その血浴びて 癒える
欲望だけ 夢を見て
突き進むさ SI-でも…

一行目はそのままの解釈で、日々の戦いで傷だらけになってしまったこの身体すらも、という意味でいいと思いますが、ここで出てくる「その血」が意味する「血」は戦いの相手を切りつけたときに浴びた返り血のことでしょうね。戦場で刀を振るって戦い、この身体に幾程の傷を負ったとしても、相手の生き血を浴びその身体が倒れるのを見届ければこそ我が身は癒えるだろう、と言わんばかりの野望に満ちた狂気的な瞳が見えるようです。

するとここで登場する「欲望」は、三大欲求のどれでもない、天下をこの手にという "野望" そのものでしょう。濃姫がここで愛しい人(信長)を求めたことに対し、信長の眼に映っているのはこの世の頂点の座であると言えます。自分がやるべきことは、その頂上だけを夢見て突き進むことのみと言っています。

 

傷を癒すクスリ 気持ちいいの 淡い光消して 戻らなくとも
その血を流して染ま

ここで「傷を癒す」とされているのは、上記の分析を踏まえると敵の血が「クスリ」の解釈としては正しいかと思います。さすれば「淡い光」は敵方の命のことでしょう。つまり敵の血を浴び、一人でも多くの敵を殺すことこそが我が身における薬だ、ということです。「戻らなくとも」も取り返しがつかないことや、その光が再び瞬くことがなくとも、という意味合いかと。

「その血」は敵の血ですから、沢山の血を流してこの世界をその色に染めてしまえ、という風に読み解くことが出来ます。ここで実際に流れているのは敵の血で、この世を染めるのも敵の血ということになりますが、その血を流させているのは他でもない信長なので、 "この世界をその色に染めてしまえ=この世界が自分の戦果で染まってしまえ" という解釈で良いのかなと。

 

まだ見ぬ追い掛けて 散っていった星達
どうかどうか覚めぬよに 胸に手をあて願う
孤独を悲しむ姫よ 一秒ごとに色を変え
ずっとずっとこの目に 従えしこの思い 愛

 「まだ見ぬ」ですから、当の信長ですらまだ見えぬ夢を共に追い掛けた沢山の家臣たち、ということです。言葉の対象者は濃姫視点の時と一緒ですが、主観の違いによって「あなたとの日々夢見て」と「まだ見ぬ夢追い掛けて」という変化が出ています。

その夢が「覚めぬよに」と「願う」、つまりどうかその夢(=天下を手中に収める)が叶うようにと願う信長の切なる姿です。濃姫のように女性ならではの切なげな艶っぽさこそありませんが、どれだけの犠牲が出ても一切構いやしないというほど冷徹でもなかったのだろうということを連想させるワンシーンだなと個人的には感じました。

「孤独を悲しむ姫よ」は、言うまでもなく濃姫に対する呼びかけです。我が身を案じて一人城で寂しげに待つ濃姫を気に掛ける信長の優しい一面でしょう。ここでの「色を変えて」も、顔色の変化を指します。普段生活を共にする中で見てきた彼女の表情を思い出しているのか、自分自身が彼女と共にいないこの瞬間に不安げになったり悲しんだりする様子を想像しているのか………、それとも自害を覚悟した信長が最期に濃姫を案じる様子なのか。

 

全体的に戦場における信長の心理描写や天下を取らんとする彼にあてはまる歌詞だと思ってはいるのですが、やはりこの曲のタイトルがタイトルなだけに嫌でも本能寺の変とは結びつけたくなってしまいますよね。そうなると、この歌詞の最後はどうしても信長の死が必要となる訳です。

すると次の「ずっとずっとこの目に 従えしこの思い」は、どちらもきっと叶わぬことと覚悟をしながらも絶やしたくはない「願い」や「思い」を込めたものだと思います。そしてここで考えられるのは、当然挙げられる "天下を取ること" と、この曲の中でずっと綴られてきた "濃姫を愛すること" のふたつではないかな、と考えます。たとえこの身が潰えようとも、この「愛が」未来永劫消えることはないだろう、と。

 

 

以上、コンサート版もまとめての歌詞分析でした。

そして大注目なのは、コンサート版でラストのサビ部分では濃姫版と信長版の歌詞が重ねて歌われているということです。ここについては次の項目で語るとして。して。

 

 

 

いや、重ねるとかくっそしんどくないですか…………………???????(我慢しろ)

 

 

  「KAT-TUN LIVE Break the Records」における演出分析

 

やっとここまできました!(息切れ)

このエントリをここまで書かせた全ての元凶とも言える、「KAT-TUN LIVE Break the Records」で披露された「1582」についての演出分析です。は~やっと書ける!よっしゃあ!

 

本当に衝撃的なパフォーマンスでした。これを今まで知らなかった事実が恐ろしいくらいに衝撃的なパフォーマンスです。この世に存在するジャニオタでもしもこの映像を見たことがないオタクがいるなら、絶対に絶対に見た方がいいです 見ないで死ぬなんて有り得ません 他G担の私が許しません

「損はさせないよ~!」とか、そのレベルの生温いステマじゃないです。これを履修しないなんてジャニオタとして、いいえ、人間として損してます。だってこの映像を見た二次元オタク(萌えキャラ・ガン〇ム専門)の同級生の男(※勿論ジャニーズは宮田くん以外未知)が「お、おかしい……おれ、亀梨くんにときめいた………そ、そんな、馬鹿な………?!」って心臓の当たりを押さえながら震えてましたからね。性別・亀梨和也の世界を早く知れ。感じろ。

 

 

 

Oops!うっかりジャニーズヤクザの一面が出てしまいましたね。失敬。

さてここからは気を取り直して。10分にも及ぶ「KAT-TUN LIVE Break the Records」内の「1582」の演出について、出来るだけ細かく分析していきたいと思います。

 

 

SADISTIC LOVE終盤~曲始まり前

 

「1582」の前に披露された「SADISTIC LOVE」の終盤、メンステにセッティングされていた厨二心をくすぐってたまらない柵や棘、巻き付く真紅の薔薇のセッの真ん中にひとつだけ棺桶型の檻が用意されていました。亀梨くん以外のメンバーが左右に分かれてその厨二セット(※略称)に乗って移動する中、彼だけはその棺桶に閉じ込められてしまいます。

その時点で「天才か?!」とテレビ画面に向かって話しかけたのは言うまでもありません。そもそもこの曲に「君はいつの日か逃げ出す 夜明け前に」って歌詞がありながら、彼を閉じ込めるという発想がヤバイ。逃げ出す予感がしたから閉じ込めてしまえってことか…? 何なのKAT-TUNって…やば………脱線しましたすいません

歌詞の分析を踏まえると濃姫は本能寺には行っておらず、遠くから彼を思う歌詞になっていましたが、たとえ彼女が「ついていく」と主張したとしても、連れて行ってもらえることは当時の文化的にもなかったでしょう。ほとんどの戦に正室が連れて行かれることはなく、その期間の夜の相手は若い少年の家臣が務めていたと言われていますからね。で、これこそが森蘭丸の存在なわけです。

この曲が発表された当時、この歌の主人公はいったい誰なのかという推測の候補として「濃姫説」と「森蘭丸説」が主に飛び交ったようですが、後々の亀梨くん本人の「女性目線のラブソング」という一言により「濃姫説」で固まったみたいですね。

 

さて、荊の棺桶に囚われた、謂わば俘囚の姫君となった亀梨くん、いやむしろ彼女と呼ぶべきでしょう。彼女は、ゆらゆらと揺られながら東京ドームの天井付近まで連れて行かれてしまいます。

宙ぶらりんな棺桶の行方を見守っていると、その扉が開き、徐々にその身体を宙に投げ出して、しまいにはその身体は落下してしまいます。ここの落下の演出の直後にサイレンが鳴り響くことから、戦場で敵軍による火攻めが始まったことをわたしは感じました。

濃姫について~出生から結婚、そして歴史上から姿を消すまで~で述べた③戦死説に極めて近いものをメインテーマとして扱うことは先述しましたが、それに乗っ取るならば、あの棺桶からの脱出は、城で信長の帰りを待っていた(=俘囚の姫君)はずの濃姫が彼の身を案じて城を飛び出したものであるとも考えられます。

ステージ上を走り回るジュニア達は戦国の兵士達の恰好をしており、各々旗指物(はたさしもの。戦場で見る所属する軍を示す長い旗のこと)を持って走り回っていることからも、ここが戦いの場になったことが明確にわかります。

 

観客であるわたしも戦火に巻き込まれた気持ちになり、事の成り行きを眺めていると、いつの間にか着物を着た亀梨く…いいえ、彼女にスポットライトが。これがま~~~~~~~~~~あ美しいんだ

ここで全人類は顔すら隠されていても漏れ出ずる亀梨和也の美しさに目を奪われてしまうのが生命体として極めて普通の反応なのですが、少しだけ我慢して彼がつけている面に注目してください。彼がつけているのは般若の面です。

多分皆様一度くらいはどこかで見たことがあるでしょう。長い角に恐ろしい牙。これでもかと言わんばかりに見開かれた目玉。眉間に寄せられた皺。この表情を見て「怒ってる?」くらいの感覚はすぐ持てるかと思うのですが、そもそも般若の面というのは女性が怒り狂う様子を表現したものなんですね。男性の怒りの感情の権化ではないんです。

着物の着方、簪飾り、般若の面。加えて亀梨和也の美の暴力。これを女性と認識しない訳がありませんし、この曲に登場する女性と言えば、そう、濃姫です。

大きな扇子を使った優美な舞と、赤と白の女性らしい番傘。そしていま再びの亀梨和也の美の暴力。不安定に吊り下げられた紐一本でステージ上に現れた彼女は、戦場にやってきた濃姫そのものでしょう。

 

 

1582本編

 

炎の上がる戦場の中に降り立った彼女は、恐らく自軍と思われる兵たちと舞い踊るところから始まります。

なぜ赤の衣装を纏う兵達を自軍とするのかと言うと、ステージ上には赤と青の旗指物が存在していましたが、史実から言うと織田軍の旗指物は黄色で、本能寺の変で敵となった明智軍は水色の旗指物を使用していました。ですがこの世に存在する多くの創作物の中で織田信長の象徴色として赤を起用するケースは多いようで、史実を踏まえた上で青系統の色を旗指物として明智軍が使用していていることも考慮すると、ステージ上にいた赤の旗指物が自軍であると考察するのが流れとしては自然かと思います。

信長も本能寺で自害する直前、辞世の句を詠む際に舞いを舞ったという逸話が残っているくらいですから、ここでの舞いについては、濃姫という女性を際立たせるための演出かなぁというくらいの感じです。

 

注目したいのはそのあとの演出で、彼女が手に持った口紅を下唇に引きますよね。それこそ唇の端からはみ出す程大胆に。濃姫視点となる一番におけるこの行動は、 "女性らしさの象徴" "化粧という文化による女性性の象徴" です。

「共に刻む針達に」の所で妖艶に腰を振る振り付けが取り入れられていますが、二人で刻んだ時間の象徴として、愛を確かめ合った時間を表現しているのかなと。そうすると「奥の方を噛み締めて」も、少しだけ意味深な感じになってきますね。奥ってどこの奥?

最後の「愛を」で心臓に手を添える振りも、愛情そのものを指す表現であり、自分の命を愛おしむ仕草のようで何とも切ないです。

 

間奏部分で濃姫の着物を脱ぎ捨て、簪も捨て、片袖を落として完全に信長の姿になった亀梨くんですが、相変わらず美の暴力です。ピンクも似合うし黒も似合う。冬か。貴様さては冬の亀梨和也(※性別)だな。羨ましい。

ここで再び彼の口元に注目します。先ほどは大胆に引いた口紅を "女性らしさの象徴" "化粧という文化による女性性の象徴" と評しましたが、これが信長になった途端意味がガラリと変わります。コンサート限定版の歌詞である「傷だらけの身体さえも」という一節や曲タイトル、ここまでの演出からも分かるように、この時点で彼は既に敵軍に追い詰められており、絶体絶命の状況であることに間違いはありません。数多の傷も負っていることでしょう。するとこの口元の紅は "女性らしさの象徴" "化粧という文化による女性性の象徴" から "口元から零れ落ちる自らの血" "戦場へ出向いた男性性の象徴" と変化します。

花道を歩いていく最中に両脇から吹き上がる水も、彼が刀を振るうことによってその水柱を敵に見立てているのかと勘ぐってしまいます。センステで水の力を利用して番傘に乗っている風に見える演出は「THEジャニーズ・エンターテイメント」の一言に尽きる、という感じがしなくもないですが、映像の編集の仕方のせいなのか、「孤独を悲しむ姫」に対し「孤独に戦う殿」という風にも見えます。僅かながらの自軍を連れて行っていたとは言えど、元より自分に仕えていた家臣の裏切りに遭った瞬間の話なのですから、彼の心理としては "孤独" という言葉も比較的相応しい言葉であると言えましょう。

 

この後の花火演出ですが、衝撃を受けた演出ランキングNo.2でした。No.3とNo.1はこの先に待っています。

歓声から察するに、わかりやすく派手な演出で会場が盛り上がったのは理解出来るのですが、この花火が生命の散り際を意図したものなのではないか?と感じた瞬間から鳥肌が止まらなくなりました。そうやって命果てる瞬間を象徴した花火が、二本。そう、二本、です。信長と濃姫の二つの命がここで果てたのでしょう。

ぱっと見は「見応えのあるジャニーズ・エンターテイメント」そのものです。でも、この流れで濃姫と信長の魂を表現している亀梨和也が手に持つ花火が共に火花を散らす様を深読みするな、という方が無理があります。わたしは無理です

 

そしてここからが、衝撃を受けた演出ランキングNo.1のフライングの場面です。

ここも分かりやすく「THEジャニーズ・エンターテイメント」であることに間違いはありません。あれだけ軽々と東京ドームの中を舞う様子は、嫌でも釘付けになってしまうこと間違いなしだからです。

でもここで気になるのは、濃姫から信長に変貌を遂げたはずの亀梨くんが再び濃姫に戻っていることです。着物を着直したわけではないし、簪を直したわけでもありません。それでも彼の、ううん、彼女の動きを見て「濃姫だ」と思った自分の直感は間違っていないと思います。あんなに色っぽく、切なげに、いとおしげに、そして優美に文を読む姿はまさに濃姫そのもの。花火演出の後なのでもう二人の命はこの世にないものだと思うのですが、信長が濃姫のことを思って書いた恋文を悲しげに読む姿が胸を締め付けます。

しかしここで「濃姫のように優美に舞っているが、姿かたちは信長のまま」という演出上の都合にまたしても深読み族は深読みを始めてしまいます。つまり、亀梨和也という一人の人間の器の内側に濃姫がいて、外側は信長であるということになる訳ですから、ここでわたしはたった一つの肉体をたった一人の人格や魂で縛る事の無意味さを感じずにはいられないわけです。互いに死後であるという事実は存在するけども、わたしが目にしている肉体と精神が、明確に「どちらのもの」と定義された訳ではないのだと思うんですね。

深読み族も何にも考えずにそう思う訳ではありません。ここでそう思うに至った理由のひとつとして、「CD収録版の歌詞(=濃姫)」と「コンサート限定版の歌詞(=信長)」が重ねて歌われているという演出が理由として挙げられます。ここで重ねられた二人の思いは、既に魂となって "亀梨和也" というひとつの肉体に宿っているのだということです。

二人の魂が宿った身体と、その魂が掴んだ二枚の長い長い恋文。その恋文を羽衣のようにして天女の如く舞う亀梨くんを見て、胸が苦しくて苦しくて仕方ありませんでした。だってそうやって二人の思いを互いに伝え合った恋文は、最後に二人の手元から飛んでどこかへ行ってしまうのですから。互いが互いに抱いていた愛の結晶を、離してしまうのですから。

 

 

田中聖ソロパフォーマンス和太鼓~水の中で舞う亀梨和也

 

ここで挟まれる田中くんのソロパフォーマンスは、コンサートの都合上亀梨くんのお着替え時間である。

…ということは重々承知で。この場面で描かれるのは、現世→彼岸への表現であるとわたしは考えています。

 

そしてここからが、衝撃的を受けたパフォーマンスNo.3です。

お着替えを終え再びステージに現れた亀梨くんの衣装は、帯も締めていない白い着物を肩に引っ掛けただけの衣装です。でも初見でその姿を見た瞬間にわたしは「死装束だ」と思わずにはいられませんでした。ましてやこの後待機していたジュニアたちがバッシャバッシャ水をかける演出がありますよね。それが三途の川でないなら一体なんだって言うんですか?!もうここに関しては本人から否定されない限りわたしは絶対に譲らないからな?!

バケツに用意された水を何度も何度もぶつけられながら舞う姿、今度は信長そのものです。力強く、荒々しく、無骨で、嫋やかさのない舞いでした。しかしながら沢山の水を心地よく浴びている風でもなく、流されるように優雅な風でもない。最初に書いたように、ぶつけられているという表現がぴったりなくらい、水が攻撃的なのが印象的でした。この人は死後に渡らなくてはならない三途の川すらも苦難の道なのかと思わせられるほど、戦っている風に見えました。三途の川を苦労して渡るなど、現世でよっぽど悪い行いをしていたのだろう、たった六文の銭も持たせてもらえぬ人生だったのだ、と思えば思うほど、この場面で舞っているのが信長であるという確信に変わっていきました。

 

そしてここの場面では、詩を吟じる演出があります。BGMとして吟じられている詩は、以下のものです。

 

偶成 朱熹

少年易老學難成(少年老い易く 学成り難し)

一寸光陰不可輕(一寸の光陰 軽んずべからず)

未覺池塘春草夢(未だ覚めず池塘 春草の夢)

階前梧葉已秋聲(階前の梧葉 已に秋声)

 

 

意味としては「若者はあっという間に年をとってしまい、学問はなかなか完成しにくい。だから少しの時間でも軽々しく過ごしてはならない。池の堤の若草の上でまどろんだ春の日の夢がまだ覚めないうちに、階段の前の青桐のにはもう秋風の音が聞かれるように、月日は速やかに過ぎ去ってしまうものである」というもので、光陰矢の如しと言うべきでしょうか。人生が過ぎ去ることの早さを詠っているものになっています。

信長の人生(享年48歳)も短いものでした。その時代の一般的な平均寿命程度と言えばそれまでですが、一般庶民よりも確実にいい暮らしをしていた当時の武将は天寿を全うすればもう少し生きていることが出来ました。秀吉は61歳、家康は73歳まで生きたという史実からもそれはわかるかと思います。

わずか48年の人生で、信長は天下を取るまであと一歩というとこでした。それでいて辞世の句が「是非に及ばず」、つまり「こうなってしまっては仕方がない」「仕様がない」という言葉です。この詩はやはり、濃姫より信長に相応しいものであると言えるでしょう。つまりそれは、ここで舞っている人物が信長であると考えるに相応しい理由のひとつに成りうるものだという事です。

 

三途の川を渡る困難に立ち向かい続けた彼は、最後に自ら雄叫びをあげて、その身体に沢山の怨念ともとれる水の攻撃を自ずから受けにいきました。そしてバタリと力なく倒れたのを見て、本当の意味で命絶えたのだとわたしは感じました。

(余談ですが、この白い着物おもしろいですね。お湯に濡れると紫とピンクの柄が消え、水でまた浮き上がってくる。恐らく水分の温度による変化なのでしょうけど、どういう仕組みなんでしょう。こういった布に関する知識がないので、興味津々です。)

 

 

以上、本編にあたる「1582」歌唱シーンに留まらない、トータル10分の驚異のソロコーナーを見てわたし自身が思うこと、でした。

 

 

  まとめ

 

CDに収録されている音源及び歌詞だけを分析しようとすると、どうしても解釈の幅が狭くなってしまうな、というのが素直な分析です。濃姫の視点から描かれたラブソングと言っても、本能寺の変という愛しい人の死を象徴する出来事をメインテーマに持ってくることで、どうしても歌詞から読み解く二人の距離感に違和感を感じずにはいられませんでした。

彼ら二人が共に死んだと確信を得るには足りず、かといって濃姫が一人で生きたと考えるには死に関する情報が多すぎる感じ、と言いましょうか。二人の間に愛が存在したことは伝わるのですが、亀梨くんが描いた「1582」の世界で信長と濃姫の二人はどうなってしまったのだろう、という物語の結末が見えなかったんですね。

でもコンサートの10分にも及ぶ演出を見たことによって、全て合点がいきました。細かい演出を拾えば拾うほど、彼らの間にあった愛の大きさ、強さ、濃厚さが分かり、死という痛み、悲しみ、絶望を感じずにはいられなかった。そんな演出でした。

10分というジャニーズグループのコンサ-トパフォーマンスにおいては長丁場であったソロコーナーでしたが、一分一秒の一瞬も目を離すことが出来ない、圧倒的なパフォーマンスだったなと思いました。これはジャニーズの歴史に大きく名前を残すべき、いいや、残って当然のパフォーマンスです。見ないという選択肢がこの世の中には存在しない

 

また、恐らくジャニーズ1ジェンダーレスな亀梨くんだからこそ成し得た男と女の姿の表現であったのだとも思いました。あそこまで女性詞を色っぽく、妖艶に歌い上げて踊って魅せる事が出来ること自体が才能だし、その後に死の香りを纏った男性の色香もあんなに儚げに表現するだなんて。本当にすごい。性別・亀梨和也という的確過ぎる表現に嫌でも納得してしまう一曲でした。

 

 

  あとがき

 

 "亀梨和也" という一人のジャニーズアイドルがここまで魅せるパフォーマンスをした事実があったからこそ、そしてそれが約10年の時を経ても尚、あまりに大きすぎる衝撃をわたしに与えたからこそ、ここまでの熱量でこのエントリを書くことが出来たのは事実です。「もう10年も前のものだし」という気持ちと、「自分、他G担ですし」という気持ちと、「どう考えても論じ尽くされているだろうし」という気持ちと、正直これを書くかどうかもすごく迷いました。最初は。

だけど、こんなにも衝撃を受ける美しさに打たれた事実をたった140字の呟きをぽつぽつとするだけなんて、とてもじゃないけど我慢できない!と思い、ここまで書きました。

本当に "亀梨和也" という性別を見た方がいいぞ全ジャニオタ諸君、この私が保証するから今すぐ近くのhyphenを捕まえて見せてもらうんだ、いいか分かったな

 

しかしわたし自身、濃姫という人物が昔から好きな人物であったということも、今回ここまでの考察エントリを書き上げたひとつの原動力であったと言えましょう。織田信長の正室。文字にすれば僅か7文字の事実でここまで心躍らせる女性が、彼女以外に一体誰がいるというのでしょう。

改めて調べてみて極端に史料の少ない女性であったことも知ることが出来たし、その中でも残る僅かな逸話から彼女がどんな女性であったかも知ることが出来たし、その上で一生涯を共にした信長との関係性はどういうものだったのだろうと考える事も出来て。ただ楽しい!美しい!みんな見て!のエントリで終わらなかったことは、わたし自身にとっても大変大きな収穫となりました。

この歌を作詞した亀梨くんの言葉に「ドームでの演出も『火から始まり水で終わる』にこだわりがあって、その辺の意図は汲み取ってほしい」というものがあったという情報を目にしました。このエントリを書くか書かないかを迷っている段階ではありましたが、彼の意図するところは少なからず汲み取れたのかな、と思います。

これが思い込みじゃないといいんですけど。

 

さて、そろそろこのエントリを〆たいと思います。

どうでしょう。これを読んでくださった「1582」未体験のあなた、この曲を知りたいと、この演出を見たいと、そう思ってくださったでしょうか。もし一人でも多くの人がそう思ってくださったなら、こんなに嬉しいことはありません。

ぜひ、あなたの目で。あの美しさを、力強さを、儚さを、激情を、そして愛を見届けてください。体験してください。知ってください。そうして、打ちのめされるほどの衝撃で眩暈を起こしてください。

この曲を知らないで死ぬなんて、ジャニオタとして勿体なさすぎますよ。是非!!!

 

 

「1582」はいいぞ

 

絶対みてくれよな!!!!!!!

 

 

 

かすみ(@mist_storm_1723)

 

 

 

 

参考ページ一覧(略式で失礼します)

織田信長と濃姫の夫婦仲はラブラブ? それとも、最悪!? | ひすとりびあ

織田信長の妻・濃姫の最期の場所は本能寺!? | 大河ドラマ セレクト日本史

偶成 - 中国の漢詩 - 漢詩・詩歌紹介 - [学ぶ] - 関西吟詩文化協会

戦国時代 : 正徳寺の会見(前編)

蒲生氏郷 | 歴史の魅力

戦国大名二階堂氏の興亡史(参考文献)